岩屋商店街から徒歩3分、井戸のある昭和の戸建て|外風呂文化と、あとから付いた浴室

淡路市岩屋の商店街のまんなか、スーパーまで徒歩3分の3K戸建て。1967年築で、建てられた当時はお風呂がありませんでした。岩屋の外風呂文化と、あとから付いた浴室の位置。そして災害時に効く井戸のこと。
岩屋商店街のまんなか、スーパーまで徒歩3分(牛歩で)という場所に、3Kの純和風の戸建てをお預かりしました。1967年築。井戸が付いています。
そして、この家にはもともとお風呂がありませんでした。岩屋の家としては、それが普通だった時代の建物です♪

この物件のポイント
- 岩屋商店街の中心。スーパーまで徒歩3分、ジェノバラインも淡路ICも近い
- 井戸付き。断水時の備えになり、日常の水道代も下がります
- 空き家期間も手入れが続いていたので、湿気と塩気の傷みがありません
岩屋の「外風呂文化」の話
この物件は建てられた当時、お風呂がありませんでした。いまの感覚だと驚かれるのですが、岩屋には長く銭湯に通う文化があって、家に風呂を持たないのが普通だった時期があります。港町で、人が近くに住んでいて、湯屋が歩いて行ける距離にある。そういう土地の造りです。
その後の生活スタイルの変化にあわせて、この家にも浴室があとから付けられました。場所は、仏壇横の何気ない障子の奥。開けると、そこに現れます。間取り図を見ても、ちょっと意味が分からない配置です♪

古い家の間取りには、その土地で人がどう暮らしてきたかが残ります。この浴室の位置は、岩屋の暮らしが変わった瞬間の記録みたいなものだと思っています。
井戸が付いています

井戸付き物件を探されている方が、実は結構おられます。
いちばんは災害時です。断水しても水がある、というのは大きい。それに日常でも、庭の水やり、洗車、道具の洗い場に使えば水道代がぐっと楽になります。横の水受けで夏はスイカを冷やしたり、釣り道具の砂を流したり。
ひとつだけ正直に書いておくと、くみ上げポンプの修繕が少し必要です。そして飲用は想定していません(生活使用のみ)。飲み水として使うなら水質検査が別途要ります。そこは先にお伝えしておきます m(_ _)m
台所は、昭和のまま残っています

3部屋+奥に長ーいキッチン、そして床の間。純和風の造りです。台所は陽当たりがよく、お勝手口まで付いています。お勝手口から飛び込んでくるのは三河屋さんか、魚をくわえたドラ猫か。
空き家ではありましたが、その期間もずっと定期的に空気を入れ替え、掃除を続けてこられた家です。だから湿度や塩気による傷みがありません。海の近くの空き家では、これはかなり大きな差になります。
造りがシンプルなので、令和のテイストをピリッと効かせたリフォームとも、素直に馴染みます♪
こんな方にピッタリ
- ◎ 車を持たずに岩屋で暮らしたい方。買い物も港も徒歩圏です
- ◎ 井戸のある家を探していた方(意外と多いご要望です)
- ◎ 自分で手を入れたい方。シンプルな造りなのでリノベの自由度が高いです
- ○ 商店街の近くで、人の気配のある場所に住みたい方
- △ 敷地内に駐車したい方(商店街脇の路地なので、駐車は別途手配が要ります)
- △ すぐ住みたい方(軽微な修繕と、ポンプの手当てが要ります)
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岩屋というエリアについて
- 淡路IC まで
車で - 2分
- 神戸・三宮 まで
高速バスで - 45分
- 明石港 まで
ジェノバラインで - 13分
- 岩屋の取扱物件
当社の在庫 - 16件
よくいただくご質問
井戸の水は飲めますか?
この物件の井戸は生活使用のみを想定しています。飲用にするには保健所の水質検査を受け、基準を満たす必要があります。淡路島の井戸は生活用水として使われているものが多く、飲用まで通しているお宅は多くありません。庭の水やり、洗車、洗い場——このあたりが現実的な使い道です。
ポンプの修繕はいくらくらいかかりますか?
状態によりますが、ポンプの交換なら十数万円からが目安です。井戸そのものの掘り直しとは桁が違います。島内で井戸を扱える業者さんがいますので、見積もりを取るところからお手伝いできます。
岩屋商店街に、いま何がありますか?
スーパー、飲食店、お好み焼き屋さん、BARもあります。夜も歩いて楽しめるのが岩屋の商店街です。移住された方から「車がなくても生活が回る」と言っていただくことが多いエリアです♪
1967年築の家は、耐震面はどうですか?
1981年以前の建物なので、いまの耐震基準(新耐震)は満たしていません。気になる場合は耐震診断を受けたうえで補強するのが確実です。淡路島は阪神・淡路大震災を経験した土地なので、この点を気にされる方は多く、診断を扱える事業者もいます。ごまかさずにお伝えしますので、遠慮なく聞いてください。
水にまつわる、島の話をひとつ
阪神・淡路大震災のとき、淡路市(旧・津名町)に住んでいた我が家も水道が数日止まりました。当時、豆腐の製造業をしていた父は、隣の洲本市から水をトラックで運んでもらって、意地でも豆腐を作り続けました。
「こんな災害時に誰が豆腐を食べるのよ」とつい聞いてしまった私に、返ってきたのは——
「こんな時やから、毎日食べてるものを店屋に並べるのがワシの使命やねん」。
井戸のある家をご紹介するたびに、この話を思い出します。水があるというのは、そういうことなんだと思います m(_ _)m
気になられたら、ぜひ現地で井戸を見てください。お問い合わせをお待ちしています♪
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